治療薬の副作用もあるのか血糖値が高めだ。
「お父さんにそっくりで血統書付き」と私に言い続けてきた母。血糖にかけていたとすれば座布団進呈ものであるが、笑い事ではない。あいにく高いポテンシャルを持ち合わせている事実もある。
私は3,950㌘で産まれた。長男に継ぐ長女、出産したときには女の子で嬉しかったでしょうと母に訪ねたことがある。
「あんまり大きくてなかなか出てこなくて…痛くて…出てきたらひっぱたいてやろうと思ってた」
母が笑いながら答える。返ってきた言葉が想像と違いすぎた。
産みの苦しみは私も分かるので理解したいところだが、でかくなったのは私のせいではない。時代なのだろう、栄養をたくさんとってくれたのだと思う。
※ひっぱたかれた事実はない
私はその後もすくすく育った。
育ちすぎ?母を真ん中に兄と3人で着席している遠い記憶…小学生のときに肥満児対象の呼び出しがあったらしい。
「両脇に二人だなんて、お母さん恥ずかしかったわ」と宣う母。「食べる顔が可愛くて…あんたが欲しがるから…」これも私のせいではない(と思う)。
小学校高学年。
運動会での記念撮影時、見守っていた母が先生に何やら耳打ち。先生が私に近づきこう言った。「腰に当てた手を少し下げてってお母様が…。」隣にはスレンダーな同級生がいる。マーチングの衣装を着て誇らしげにポーズを取る娘にもっと手を下げろとジェスチャーを送る母の姿が目に入る。もはや何のポーズだ…。必死で笑顔を取り繕う私。
母は我が道を行く人だ。思ったことを言い、やりたいことをやっているように見える。
母はよくしゃべり、私は口数が少ない。
そんな私に「根暗」と母は言う。そして「お母さんの子じゃないみたい」とも。
今やれるのになぜ明日やるの?が母。
明日やれるのになぜ今やるの?が私。
私は母にも嫌悪感を抱き早く家を出たいと思うようになった。
家を出てからは「健康診断受けてるの?」が母の常套句。心配してくれるのはありがたいがいつも余計な一言がつく。「あんたは血統書付き」。
遺伝子レベルでは致し方ないでしょと半ばあきらめモード…待って…ふと思う。これは小さい頃から「お父さんそっくり」と言われ続けてきた呪縛かもしれない。
私には母の血も流れている。
検査をしたことがなかったので父と同じだと思っていた血液型も母と同じA型だった。
母の遺伝子を活性化させたらどうなの?
よくしゃべり、すぐ動く。
言いたいことは言う。
やりたいことをやる。
84歳になった今でも元気でいてくれる母。
子育ては反面教師にしたけれど、生き方はお手本にしてみよう。
これが私が挑む遺伝子との戦い。
心得:其の十二
言いたいことを言うときは言い方を工夫してみましょうの巻